青柳裕介が前衛だったころ
台風10号がやってきてぴーぷー言っております。嵐になるたびに思い出すマンガというのがありまして、「COM」1970年11月号掲載、青柳裕介「かえろ」です。
実は青柳裕介の作品の中でもっとも好きで、よく読んだのは、彼が娯楽路線に路線変更して最初のヒット作となった週刊少年キング連載の「鬼やん」です。この作品についてはいずれまた書きますね。
青柳裕介は若くして亡くなってしまいましたが、一般の認識としては、「土佐の一本釣り」からイメージされる古風なマンガ家、というところじゃないでしょうか。男尊女卑っぽい作風でしたし。でも青柳裕介はCOMでデビューした岡田史子・宮谷一彦と並んで、時代の先頭を走る前衛マンガ家だったのです。
1970年、青柳裕介は板前をやめてフルタイムのマンガ家となり、COMに精力的に作品を発表していました。すべて青春の煩悶とセックスを描いたもので、若者の心理をいかに表現するかに苦心した作品群。娯楽作品ではなく、コムツカシイおはなしばかりでしたが、それがまたこの時代新鮮でしたし、読者の支持がありました。「かえろ」はドキュメンタリー調の話。1970年8月高知を直撃した台風10号のため、生死の境をさまようというトンデモナイめに会います。
高知市は30年以上たった今でもそうなんですが、雨に弱い町で、再々水害に襲われてます。この1970年は「おれは あの日……! 首まで 濁水につかった! 生まれて初めて『死』を感じた! おれも女房も 必死だった…… 『たすかるってことに』!」というほど壮絶なものでした。これに板前からマンガ家になって収入が減った作者の不安や、妻のヌード写真を撮りマンガに載せることについての妻との不和などが重なって作品としてはぐじゃぐじゃなんですが、これがわたしの記憶に強く残ることになりました。
ラストページに「駄犬が遠吠えしてやがる そろそろ……かえろうか…… かえろう………か」とありますが、これがなんのことやら意味不明。巻末の「わたしの近況」の欄に、「台風がきて、僕の家と大切な資料ぜんぶを海にさらってしまった。すべてが無にかえり、僕にのこされたものは妻と子と、そして、自分にある一握の才能のみ……。デビュー当時の自分にかえろかな─。」というわけで、ここまで読んで初めてタイトルの「かえろ」の意味が明かされます。わかりにくいっ。
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