最近、イタリアのコミックに凝っています。
きっかけとなったのは、エロ。
世界中のエッチでエロティックなマンガを探して日々ネットをさまよっているひと(←わたしだ)がいろいろ調べてみると、エロティックマンガ界の国際的ビッグネームにはイタリア人が多い、ことを発見することになります。
女性を美しく描く、というのはイタリアの伝統なのかもしれませんが、とくにイタリアでエッチなマンガが発達したのには理由があるようです。
1960年代後半から1970年代にかけて、イタリアではエロマンガのブームがあったのですな。
これは日本の「三流劇画」ブームと似たところがあったようです。このブームの仕掛け人はレンツォ・バルビエリ Renzo Barbieri というひとりの編集者でした。
バルビエリが始めたフュメッティ・タスカビーリ fumetti tascabili(ポケット版コミックブック)はごく普通に街角のスタンドで売られるようになります。これは悪い紙質、しかしエロとビザールにあふれた安価なマンガのシリーズとして、イタリア中で大人気となります。
悪魔の女王、女剣士、魔女、女マッドサイエンティスト、女吸血鬼たちが、男性や女性を相手にあんなことやこんなことをしたり、逆にあんなことやこんなことをされたりするマンガ。セックスだけじゃなくて血を見ることも多い。このような「俗悪」マンガが街を席巻し、若者たちのセックス革命の一翼をになったわけです。
イタリアの多くのマンガ家がこのエロマンガブームと関わりを持ちました。1980年代にブームは終焉します。直截のエロから解放された彼らは他の場所でさまざまな上質な作品を描き、世界的なビッグネームとなっていった、という経緯です。
たとえば、ミロ・マナラ Milo Manara 。
現在、英語圏でもっとも有名なイタリア人マンガ家であるミロ・マナラは1945年生まれ。彼もエロティックな(というかダーティな)ポケット版コミックブックの出身です。
マナラの絵は明らかにメビウスの影響下にあります。マナラの流麗な線で描かれる女性は、そこに立っているだけでエロティック。
最近マナラはアメリカメジャーのマーヴェルに請われて「X-Men」の一作を描きました。これは2009年に「X-Women」のタイトルで出版されました。メビウスがかつて「シルバーサーファー」を描いたのを思い出しますね。
さらにアメリカのダークホースコミックスが昨年から、英語版マナラ選集を出版し始めています。ハードカバーの大判で全九巻予定というりっぱなもの。現在は三巻めまでが発売されてます。
●Milo Manara「The Manara Library 1」(2011年Dark Horse Comics、amazon
)
●Milo Manara「The Manara Library 2」(2012年Dark Horse Comics、amazon
)
●Milo Manara「Manara Erotica 1」(2012年Dark Horse Comics、amazon
)

わたしはもちろんイタリア語もフランス語も読めません(えっへん)。だから英語版での発売はたいへんありがたい。えーと実をいいますと日本アマゾンから購入するよりも、アメリカアマゾンから送料を払って購入したほうが安価になることがありますので、そのあたりみなさまご検討ください。
マナラの作品中、国際的に最も有名なのが「The Manara Library 1」に収録されている「Indian Summer」です。ではこの作品のご紹介を。
シナリオ担当はヒューゴ・プラット Hugo Pratt で、このひともイタリアの有名マンガ家。彼についてはまた後日書きましょう。
「Indian Summer」の原著は1983年発行。すでに世界各国でマスターピースとして認められてる作品です。
インディアン・サマーとは晩秋に訪れる暖かい日のこと。日本語では小春日和ですね。ネイティブ・アメリカンをさすインディアンという用語はそもそもがまちがいであるし、ポリティカル・コレクトの意味もあって最近使われなくなってます。でも「Indian Summer」みたいな慣用語はどうすんだろ。タイトルや英訳文にしたかって本小文ではインディアンという用語に統一して記すことにします。
インディアンが登場しますが、本作はいわゆる「西部劇」ではありません。舞台は18世紀初頭北米東海岸、現代のニューヨークの近くにあるニューケイナンという砦。砦に住むのはイギリスからの移民第一世代と守備隊。
白人たちと周囲に住むインディアン部族は緊張感を持ちながらも互いの存在を認め、同居する状態が続いていました。
秋のある天候の良い日、海岸を散歩するひとりの白人少女。彼女が出会ったのはふたりの若者。ひとりはインディアンでひとりはインディアンふうの衣装を着たオランダ人。
彼らは少女をレイプしてしまいます。
それを離れた砂丘から見ていたのが別の白人の若者、アブナー。彼は銃でインディアンとオランダン人のふたりを撃ち殺し、少女を自分の家に連れ帰ります。
アブナーは母親、ふたりの兄弟、妹の五人で、砦とは離れた森の一軒家に住んでいました。アブナーの一家はこの周辺では特殊な存在でした。母親はほおに「L」の焼き印をされており「魔女」とみなされていました。妹は森の精と性的感応を結ぶような行為をしています。
レイプされた少女は砦の牧師の姪でした。彼女を取り戻すため守備隊が森の家へやってきます。そしてインディアンが同胞の死を知ったとき、白人とインディアンとの微妙な政治的バランスは崩れ、戦いと悲劇の幕が開く……!!
過酷な冬を前にしたインディアン・サマーという特殊な天候が若者たちを暴挙に導き、それが大事件に発展していく、わけです。
お話はたった二日間の出来事を描いています。白人対インディアンの戦いが進行する裏側で、「魔女」である母親の過去や、兄弟たちの出生の秘密、牧師の悪行などがつぎつぎと明らかになっていく。いや複雑かつ、よくできたお話です。
ヒューゴ・プラットは自分が絵を描く作品でも会話を多用する作家ですが、今回も途中はまるで会話劇。この緊張感いっぱいだけど静的なシーンを読ませるのが、マナラの描く人物像です、演劇のようなコマごとのポージングがすばらしい。
いっぽうでアクションシーンは無音で表現されることが多く、オノマトペはごく少ない。これも全体のトーンに影響を与えています。
本書のマナラの絵はまさに絶品で、自然はあくまで美しく、女性はあくまでエロティック。そしてアクションシーン、とくにモブシーンがすごい。



大勢のインディアンが砦を襲うクライマックスは、日本マンガや他の世界マンガが描いたことがないシーンです。しかもそれが残酷でなく詩情にあふれているという不思議。
いやー、ええもん見せてもらいました。マナラの他のエッチな作品についてはまたいずれ。
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