June 09, 2015

通俗にしてウエルメイド『サーガ』

 エンタメ系のアメコミで、ここ数年、最も注目されてる作品がついに邦訳。

●ブライアン・K・ヴォーン/フィオナ・ステイプルズ『サーガ』1巻(椎名ゆかり訳、2015年小学館集英社プロダクション、1800円+税、amazon

サーガ1 (ShoPro Books)

 出版社よりご恵投いただきました。ありがとうございます。けど惜しかった、本が届く四日前に、自分で買っちゃってました。さらに、すでに英語版も持ってたりするのですね。

 とまあ、それほど楽しみにしてた作品です。アメリカアマゾンでは第1巻のカスタマーレビューが500超ついてますが、この数は、フランク・ミラー/デビッド・マツケリー『バットマン:イヤーワン』と同レベル。アイズナー賞も獲ってるしベストセラーだし、やっぱ注目作でしょう。

 1巻部分のお話はいたってシンプル。宇宙最大の惑星ランドフォールには背中にハネが生えてる種族が住んでる。いっぽうその衛星には頭にツノが生えてる種族が住んでます。このふたつの勢力による戦争は、銀河全体に広がっています。

 そんな中、ハネ人の女兵士アラーナとツノ人の男兵士マルコは恋に落ちる。ふたりの間に子供が生まれるシーンがオープニングです。そこに現れる両陣営からの追っ手。新生児を連れた彼らの逃避行のゆくえは……!?

 あらまあ、なんて通俗なんでしょ。

 ならば本書が称揚される部分は何かというと、キャラクターのデザイン的および人格的造形の魅力につきます。主人公の男女は性格が男前で単純にかっこいいっす。彼らを追う賞金稼ぎの女性は、クモ(八本脚のアレです)体型であるのに、いかに色っぽくかつ凶悪であることか。

 もひとりの賞金稼ぎ(♂)は、いかにもアウトロー・ヒーローらしく、弱きを助け強きをくじくタイプ。歓楽惑星のクリーチャーたちはエロエロ。ハネ人の上位に位置する貴族階級のプリンス・ロボット四世というキャラ(頭がテレビという造形)はEDに悩んでます。主人公たちを助ける幽霊の少女は、下半身が切断されて腸が見えたりしてますが、これがまたかわいいんだ。

 1巻のラストではマルコにかつて婚約者がいたことが明かされ、アラーナの前に突然マルコの両親が現れます。ホームドラマだなあ。今後も主人公たちの逃避行アクションと並行して、愛だの恋だの家族だの、というようなお話が、ちょっとグロでエロだけどスタイリッシュな絵で描かれるはずです。

 SFとしては、宇宙の存在を脅かすような展開にはなりそうもありませんが、展開と描写がウエルメイドで楽しい。7月末には2巻が発売予定です。刮目して待て。

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May 19, 2015

変化球グルメマンガ『忘却のサチコ』

 昨日買った2冊は、それぞれネットと新聞の評で誉められてたマンガでした。どっちも1巻めですが、ううーんちょっとハズレ。2巻を買うことになるかどうか微妙だなあ。

 さて下記作品は2巻発売を待ってました。1巻と2巻が並べて平積みされてる書店がめだちますね。売れてるのかしら。

●阿部潤『忘却のサチコ』1・2巻(2014年、2015年小学館、各552円+税、amazon

忘却のサチコ 1 (ビッグコミックス) 忘却のサチコ 2 (ビッグコミックス)

 グルメマンガの変化球。食を扱ってはいても、主人公が食を求める理由が、「おいしいものを食べるときだけは別れた男を忘れられるから」と、そうとうひねってます。

 四角四面のマジメ雑誌編集者・サチコ(巨乳)が、いかに食のために奇矯な行動を起こすか。という主人公のキャラクターに依存したコメディ。端正な絵で書かれたサチコの造形(巨乳)がステキ。

 サチコは食において無我の境地にいたるため、ひたすら運動する、ひたすら空腹を我慢する、むしろ満腹を求める、などですね。ご当地ネタも多くて、長崎トルコライス、盛岡わんこそば、大阪串カツ、讃岐うどん。

 でも食べ物の題材は無限ですが、おいしくいただく工夫のアイデアはなかなかむずかしい。だもんでマンガの方向性は、食事とはちょっと関係ない、サチコの奇矯な行動に向かいます。ところが、これがコメディとしてココチよいのですな。

 2巻で最も笑ったのは、サチコの女王様サンタコスプレと、逃げる作家をひたすら走って追いかけるサチコ、だったりします。食べ物関係ないやんっ。でもおもしろいからよしっ。

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April 16, 2015

アメコミ邦訳は今どうなっているのか:バットマン編

 スーパーヒーローものアメリカン・コミックス(以下アメコミと略します)のうち、ヴィレッジブックスから邦訳されてる、ブライアン・マイケル・ベンディス脚本によるアベンジャーズを中心とした一連のシリーズがこの四月に完結しました。というか、アメコミには完結がないので、とりあえず一段落しました。

 原著でこのあたりが発表されたのが2005年から2010年まで。邦訳開始は2010年で完結が2015年ですから、ちょうど5年遅れですね。

 その途中では、スーパーヒーロー同士の内戦はおこるわ、キャプテン・アメリカは死ぬわ、スパイダーマンの過去のエピソードはなかったことになるわ、宇宙人の侵略によってどいつもこいつも宇宙人が化けたヤツだったことが明かされるわ、悪役グリーンゴブリンがアイアンマンになるわ、などのハデでムチャな展開。

 物語としては、万能の力を持つセントリーという「統合失調症のスーパーマン」みたいなヒーローが、アベンジャーズに参加して正体があきらかとなり退場するまで、という結構を持ってました。これだけまとまった量で連続したアメコミのエピソードを邦訳で読めることなどなかったから、ずいぶんと楽しませていただきました。まあお腹いっぱい。

     ◆
 
 ただし単体ヒーローなら、現在最も多く作品が邦訳されているのは、バットマンです。

 歴史が古い、何度も映画化されてる、以外にも理由があって、やっぱり日本人読者にとってもバットマンのキャラクターは魅力的です。

 闇の騎士と呼ばれる彼は、超能力を持たない普通人で苦悩するヒーロー。何といってもひたすら正義「だけ」を求める性格破綻者。純粋に悪を求めるジョーカーを裏返した人格で、珍妙な(でもかっこいい)コスチュームを着たヒーローであることにも自覚的です。

 最近のバットマン邦訳にはふたつの流れがあって、ひとつは原著で2006年から2013年まで発表された、メイン脚本家がグラント・モリソンのシリーズ。邦訳は2012年から2015年まで。

●バットマン・アンド・サン
●バットマン:ラーズ・アル・グールの復活
●バットマン:ブラックグローブ
●バットマン:R. I. P.

バットマン・アンド・サンバットマン:ラーズ・アル・グールの復活バットマン:ブラックグローブ (ShoPro Books)バットマン:R.I.P. (ShoPro Books)

 一巻めの『バットマン・アンド・サン』でタイトルどおり、バットマンの息子ダミアンが登場します。ダミアンの母親はタリア・アル・グールといって、映画「ダークナイトライジング」に登場してたあのラスボスね。

 反抗的で生意気なダミアンを新ロビンとして教育するバットマン。この後、父と子というテーマはずっと続きます。

 じつはロビンの名を継承した少年は代々四人おりまして(その他に少女もいたりしますが)、ダミアンは四代目ロビン。複数のロビンたちが、父であるバットマンに反発したり、彼の愛を求めて互いに戦ったりするのがバットマンの裏テーマだったのです(知らなかったでしょ。わたしもこんな話だとは知らなかった)。

『バットマン:ブラックグローブ』は、バットマンがお気楽なおバカマンガだった1950年代につくられたキャラクター「世界各国のバットマン」たちが孤島に集められ、連続殺人事件が起こる、という趣向です。脚本のグラント・モリソンは、狂気にあふれた『バットマン:アーカム・アサイラム』を書いたひとです。彼はアメコミ愛に満ちた『スーパーゴッズ』という分厚い本(一種の歴史書ですな)まで著していて、こういう過去作品が大好きなのが伝わってきますね。

 ここで新しく登場する悪役はトーマス・ウェインという名前で、これはバットマン=ブルース・ウェインの死んだ父と同じ。ここでも父子のテーマが出てきます。

●バットマン:バトル・フォー・ザ・カウル
●バットマン&ロビン
●バットマン:ブルース・ウェインの帰還
●バットマン:ブルース・ウェインの選択

バットマン:バトル・フォー・ザ・カウルバットマン&ロビン (ShoPro Books)バットマン:ブルース・ウェインの帰還バットマン:ブルース・ウェインの選択

 その後バットマンが死んでしまうという事件があり(アメコミヒーローはよく死ぬんですよ)、初代ロビンと二代目ロビンによる熾烈な跡目争いを描いたのが『バトル・フォー・ザ・カウル』。

 その結果初代ロビンが二代目バットマンを襲名し、新ロビン=ダミアンとコンビを組んだのが『バットマン&ロビン』。ここでは父子じゃなくて兄弟の反発と愛が描かれるわけですね。

 死んだはずのバットマンは、時空をさまよいながら自分の極悪非道なご先祖さまたちと対面したりしてましたが、やっと現代に帰還。そして第三部へ。

●バットマン・インコーポレイテッド
●バットマン・インコーポレイテッド:デーモンスターの曙光
●バットマン・インコーポレイテッド:ゴッサムの黄昏

バットマン:インコーポレイテッド (DCコミックス)バットマン・インコーポレイテッド:デーモンスターの曙光 (DCコミックス)バットマン・インコーポレイテッド:ゴッサムの黄昏 (DCコミックス)

 バットマンはバットマン株式会社を設立し、全世界のいろんな国々のヒーローを、その国のバットマンとして援助することにします。『ブラックグローブ』の発展形ですね。日本のバットマン、ミスター・アンノウンというヒーローも登場します。彼の本名は「おさむ・じろう」といいまして、手塚治虫と桑田次郎(かつて日本版バットマンを描いてました)の名を合体させたもの(!)。

 敵となる組織リバイアサンの首領は、毎度おなじみ、バットマンのかつての妻タリア・アル・グールです。なんかこう、世界は年じゅうバットマン家の夫婦ゲンカにまきこまれてないかい。この闘いのラストで、ダミアンはお話から退場することになります。このグラント・モリソンによるシリーズは、バットマンの息子の登場から退場までを描いていて、父子のテーマを徹底させてました。

     ◆

 邦訳バットマンのもうひとつの系統は、スコット・スナイダー脚本によるものです。

●バットマン:ブラックミラー
●バットマン:ゲート・オブ・ゴッサム

バットマン:ブラックミラー (ShoPro Books)バットマン:ゲート・オブ・ゴッサム

『ブラックミラー』はゴードン本部長の息子、ジェームズ・ジュニアがサイコキラーとして登場する話で、陰惨な描写がすばらしい傑作。『ゲート・オブ・ゴッサム』では、19世紀のゴッサムシティ(ということは昔のニューヨークですな)が描かれ、バットマンやペンギンのご先祖が登場します。で、これが下記の作品につながるわけです。

●バットマン:梟の法廷
●バットマン:梟の街
●バットマン:梟の夜

バットマン:梟の法廷(THE NEW 52!) (ShoPro Books THE NEW52!)バットマン:梟の街 (ShoPro Books THE NEW52!)バットマン:梟の夜 (ShoPro Books THE NEW52!)

 これらの作品に登場する悪の組織「梟の法廷」は、昔からゴッサムを闇から支配していた秘密結社です。タロンと呼ばれる不死の暗殺者を育てており、彼らが現代に復活します。

 その過程で、初代ロビンがご先祖のタロンと対決し、ロビン自身もタロンになるはずだったことが明かされます。さらにバットマンの生き別れの弟(!)が悪役として登場したりして、今回のゴッサムシティはご親戚同士の争いに巻き込まれるわけです。

●バットマン:喪われた絆
●ジョーカー:喪われた絆(上)(下)
●バットマン:ゼロイヤー陰謀の街

バットマン:喪われた絆  (THE NEW 52!) (DCコミックス)ジョーカー:喪われた絆〈上〉(THE NEW 52!) (DC)ジョーカー:喪われた絆〈下〉(THE NEW 52!) (DC)バットマン:ゼロイヤー 陰謀の街(THE NEW 52!) (DCコミックス)

『喪われた絆』シリーズはジョーカーがバットマン・ファミリーをひとりずつ拉致監禁していく話。「羊たちの沈黙」続編の「ハンニバル」にインスパイアされたんじゃないかと思われるシーンがあって、これも残酷風味です。『ゼロイヤー』はバットマンのオリジンを描いた名作『イヤーワン』を描き直した意欲作。

     ◆

 これら以外にもバットマンは、単発の傑作や過去の有名作品がいっぱい邦訳されてます。脚本ジェフ・ローブ、作画ティム・セイルが組んだ『バットマン:ロングハロウィーン』『バットマン:ダークビクトリー』『キャットウーマン:ホエン・イン・ローマ』はぜひ押さえておきたいところ。リー・ベルメホの絵が圧倒的に迫る『ジョーカー』『バットマン:ノエル』も傑作ですなあ。

バットマン : ロング・ハロウィーン ♯1バットマン : ロング・ハロウィーン ♯2バットマン:ダークビクトリー Vol.1バットマン:ダークビクトリー Vol.2キャットウーマン:ホエン・イン・ローマ (ShoPro Books)ジョーカー (バットマン)バットマン:ノエル

 バットマン誕生からの歴史を簡単にたどるには、パイ・インターナショナルから発売された『バットマンアンソロジー』がいいかもしれません。また1999年に描かれた巨大クロスオーバー『バットマン:ノーマンズランド』の刊行も始まってます。ただし、頭身の小さなカワイイ系のバットマンが活躍する『バットマン:リル・ゴッサム』には、わたしもうひとつノレませんが。

バットマン アンソロジーバットマン:ノーマンズ・ランド 1 (DCコミックス)バットマン:ノーマンズ・ランド 2 (DCコミックス)バットマン:リル・ゴッサム 1 (DCコミックス)バットマン:リル・ゴッサム 2

(書誌データは書いてませんが、それぞれ書影クリックでアマゾンに飛びます)

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March 22, 2015

『鼻紙写楽』はまちがっている

 日本でもっとも絵がうまいマンガ家にして、きわめて寡作。オビに「伝説」と書かれる一ノ関圭の新作がついに発行されました。

●一ノ関圭『鼻紙写楽』(2015年小学館、1800円+税、amazon

鼻紙写楽 (ビッグコミックススペシャル)

 連載されたのは不定期刊だった小学館の雑誌「ビッグコミック1(ONE)」。2003年から2009年にかけての連載も不定期でした。雑誌休刊とともに連載は中断されていましたが、連載一回分が描き下ろされ、2002年に描かれた10ページの短編「初鰹」を加えて単行本化されました。単行本編集・企画としてビッグコミック1の編集長だった佐藤敏章の名がありますね。

 わたしが雑誌休刊時に描いた記事はコチラ。→(

 堪能しました。超絶的な絵のうまさ、マンガ的な人物造形の色気、これでもかという考証と歴史を絡めて練られたストーリーの妙、緻密な構成と演出、どれをとっても一級品です。

 しかし。

 連載一回一回がとんでもない濃密さですばらしい仕上がりなのに比して、全体を通して読むと、このアンバランスさはどうしたことか。

 これは本作が未完であるのに、全体の構成をやや無理に改変して刊行したせいでしょう。本書の章立ては連載時とは異なり、エピソードが時系列になるように変更されています。でも雑誌連載で読んでたわたしにいわせていただければ、ここはどう考えても、発表順に読んだほうがよいと思われるのですよ。

 以下、ストーリーや謎に触れます。




























 雑誌連載第一回は「卯の吉その二」です。上方から江戸に出てきた絵師・伊三次と、威勢のいい芝居茶屋の娘が出会います。彼女には徳蔵という幼い弟がいますが、彼が誰かもわからない。背景にあるのは、寛政の改革による芝居や出版への弾圧。

 連載第二回が雑誌に掲載されたのはその半年後。本書では「卯の吉その三」。

 幼い徳蔵は五代目市川団十郞の子供であり、小海老の名を持っていることが明かされます。調べてみるとわかりますが、徳蔵が六代目団十郞ですね。徳蔵はかつて誘拐されたことがあり「心に傷」を負っている。いっぽう、伊三次といい仲になっている芝居茶屋の娘・ひわは、じつはすでに結婚しているらしいことが匂わされます。

 連載第三回の掲載はさらにその半年後でした。本書では「卯の吉その一」。徳蔵の付き人、卯の吉による回想。彼の目から見た徳蔵の姿が描かれます。

 この回で初めて、徳蔵が誘拐されたとき、男性の陰部を傷つけられたことが明らかにされます。さらに「ひわ」の名はじつは「りは」であり、五代目団十郞の娘。芝居茶屋に嫁いでいることもはっきり描かれました。

 つまり連載時には、人間関係や徳蔵の事件の真相が小出しにされ、読者の前にじわじわと明かされていったのです。これぞ構成の妙、マンガを読む楽しみ。ところが単行本化で変更されたエピソード順では、こういう事実や人間関係は冒頭の「勝十郎その一」ですべて語られています。それなのに、後の章でこういうじっくりした謎解きを読まされてもなあ。

 以下、連載では、徳蔵の役者としての才能の発露や、父親・五代目団十郞との微妙な関係、伊三次が写楽として開花していく過程がじっくりと描かれ、さてお話は過去へ。

 連載第七回ではエピソードは過去にさかのぼり、同心・綴(つづり)勝十郎が主人公となります。徳蔵の誘拐事件が描かれ、第八回で勝十郎は、田沼意次と松平定信の政治的暗闘に巻き込まれます。

 描き下ろしとして描かれた部分を含めたこの三回、「勝十郎その一、その二、その三」はミステリとしても読める、もっともおもしろい部分です。とくにこの部分で主人公となる勝十郎は、御家人からドロップアウトして芝居小屋で笛を吹いているけど、腕も頭も切れる男。時代劇ヒーローとして完成されてますね。連載時、彼の姿は雑誌表紙も飾りました。

『鼻紙写楽』は実質、描き下ろしの「勝十郎その三」で未完のまま終了しています。勝十郎が主人公の部分を冒頭に置くという単行本の構成では、読者は主人公らしい主人公である勝十郎が出てこないまま(一瞬だけちらっと出てきますが)、時間的にはその後となるエピソードをずっと読み続けることになります。時系列としては正しいが、マンガの構成としては、やっぱりこれはおかしい。未完なんだから未完のまま、読者にあずけてもいいのじゃないか。

『鼻紙写楽』を読むかた、読み直されるかたは、ぜひとも、連載時と同様の順番で読み、最後に七代目団十郞の出生の秘密を明かす短編「初鰹」を読むことをおすすめします。

 本書では語られなかったいろいろなこと、写楽がいかに写楽になっていくか、六代目団十郞がどのように成長していくか。わたしたちはそれらを読める日が来るのか。読者としては気長に待つだけです。

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March 17, 2015

不穏なエッセイマンガ『今日を歩く』

 エッセイマンガなのに不穏で不穏で。

いがらしみきお『今日を歩く』(2015年小学館、537円+税、amazon

今日を歩く (IKKI COMIX)

 いがらしみきおがご近所を散歩する「だけ」のエッセイマンガ。新しい道と景色を発見しようとするわけでもなく、くり返しいつもの道を歩きます。

 ところがこれが普通じゃない、怖いマンガなのです。何が怖いかといって、主人公が何を考えているのかわからないのが怖い。

 エッセイマンガというのは、当然ながら作者の一人称で描かれていて、モノローグも多用されます。ですから、作者が何を考えているのかわからない、ということは本来ありえない。

 しかし本書ではそれがありうるのです。いがらしみきおという存在は狂騒的な『ネ暗トピア』の作者にして、ハートウォーミングふうに見せてる『ぼのぼの』はまあおいといて、最近は目を離せないホラーマンガを連発するひと。

 マンガキャラクター化されたいがらしみきおは、頭のてっぺんあたりが禿げた中年男。彼はメガネをかけているのですが、メガネをとおして目が描かれることはありません。視線がわからない、表情が読めない。つまり作者は自分に対する読者の共感を拒否しているのですね。

 主人公は周囲の人間を観察しています。ところが彼らも不穏な雰囲気をまとっています。クルマのトランクに毛布で包んだ大きなものを入れようとしている男性。不気味な会釈をするおばあさん。ひたすら歩き続けるおばさん。いつも不機嫌な小学生女子。

 すべて彼らが奇妙なのじゃなくて、作者=主人公の感じ方が奇妙、なのだと思います。いがらしみきおが描くからこそ、ご近所のひとびとも奇妙に描かれてしまう。ほんとはそうでもないかもしれないんだけど、いがらしみきおの目をとおすとすべてそう見えてしまう。

 主人公の行動も予測できません。「よく逃げ出す近所の犬のボクサー」に出会った彼は。

私は傘を持っていたので、なんだったらやってやろうと思った。

私はとっさに傘を投げつけてやった。

「なんだったらやってやろう」と思い、傘を投げつける作者。わたしたちはこういう主人公を普通に受け入れています。これを提出する作者もアレですし、受容する読者もアレ。うーむマンガの底は見えないしすばらしい。

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March 10, 2015

2015年アメコミ雑感

 海外マンガ、とくに「スーパーヒーローもの、およびその周辺ジャンルのアメリカン・コミックス(以下アメコミと略します)」の出版点数がえらいことになってます。

 現在のアメコミ出版は、主に小学館集英社プロダクションとヴィレッジブックスの二社から発売されています。本年1月には小学館集英社プロダクションから 『シン・シティ3巻』『アントマン:シーズンワン』『バットマン・インコーポレイテッド:ゴッサムの黄昏』の3冊に加えて『ミュータント・タートルズ大全』という大型本も発売。ヴィレッジブックスからは『DC:ニューフロンティア上巻』『シージ』の2冊が邦訳。

シン・シティ3アントマン:シーズンワン (MARVEL)バットマン・インコーポレイテッド:ゴッサムの黄昏 (DCコミックス)ミュータント タートルズ大全 (ShoPro Books)DC:ニューフロンティア 上 (DC COMICS)シージ (MARVEL)

 2月には『シャザム!:魔法の守護者』『クァンタム&ウッディ:世界最悪のスーパーヒーロー』『バットマン:リルゴッサム1巻』『ダークアベンジャーズ:シージ』『DC:ニューフロンティア下巻』の計5冊が邦訳出版されました。

シャザム! :魔法の守護者(THE NEW 52! ) (DC)クァンタム&ウッディ:世界最悪のスーパーヒーロー (ShoPro Books)バットマン:リル・ゴッサム 1 (DCコミックス)ダークアベンジャーズ:シージ (MARVEL)DC:ニューフロンティア 下 (DC COMICS)

 3月も4月も発売予定が6冊。4月には30年前に発売されたちゃぶ台返しの古典、DCの『クライシス・オン・インフィニット・アース』も邦訳される予定ですし、ヴィレッジブックスから通販だけで販売されるマーベルのアメコミ邦訳も予定されていて、いやもうなんつーか、アメコミが数か月に一点しか邦訳されなかった冬の時代を覚えているかたもいらっしゃるでしょうが、隔世の感です。

 邦訳アメコミは全部買う、全部読む、を続けていると、お金と時間がいくらあっても足りません。なんせ邦訳アメコミは1冊が1800円から3000円超とお高い。さらにアメコミそのものがさらっと読むことを許さない文法を持っているし、とくに日本人読者にとっては知らないキャラや過去エピソードが多すぎる。脚注や解説を読んでやっと納得できたりして、そこも含めてアメコミ読書ですが、そういう行為が楽しいか苦痛か、ここがアメコミ受容のわかれめですな。

 で、アメコミ邦訳が増えてきたのには理由があって、第一はもちろんアメコミを原作とした映画が増えたこと。

 映画公開やテレビ放映があるとアメコミが邦訳される、というサイクルは、これはもう歴史が示しているとおりです。今や日本でも、アイアンマンとかブラックウィドウとかラーズ・アル・グールとかいう名前が通じてしまう時代なんですから、アメコミを読んでみようというひとは少しは増えているのでしょう。

 もひとつの理由は、日本の出版不況。邦訳アメコミは初版数千部で勝負しているようですが、これがけっこう堅調で、数千人のアメコミファンは高額な邦訳出版であってもそれにおつき合いしてきっちり買い続けているらしい(←わたしのことだ)。この出版不況下でも邦訳アメコミは出せばそれなりに商売になるので、途切れずに邦訳が続いているようです。これってうれしいというべきなのか。

 これほどアメコミの出版点数が増えてきますと、いろんな作家に出会えて、これがたいへんうれしい。最近なら、ブルース・ティムのカートゥーン・スタイル(この場合のカートゥーンとは、アメリカの子供向けアニメーションを指してます)を踏襲したダーウィン・クックによる『ビフォア・ウォッチメン:ミニッツメン』と『DC:ニューフロンティア』が、ストーリーもアートもすばらしかった。これらの作品についてはまたいずれ。

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February 10, 2015

魔物をおいしくいただく『ダンジョン飯』

 ひねくれたファンタジーを得意とする著者の新作は、ひねくれたグルメファンタジー。

●九井諒子『ダンジョン飯(めし)』1巻(2015年KADOKAWA、620円+税、amazon

ダンジョン飯 1巻 (ビームコミックス)

 この文章を書いてる2015年2月9日現在で、アマゾンのカスタマーレビューがなんと104件。それなのに「一時的に在庫切れ、入荷時期は未定」という入手困難な大人気作品。

 初版初冊が2015年1月27日発行、わたしが書店で買った初版2冊が1月30日発行。初版あまり刷ってなかったな。というか電子書籍で買えということか。出版元も予測していなかったらしいヒットは、他に類のない新しい作品だからこそでしょう。

 舞台は地下ダンジョン。登場人物は勇者(♂)、魔法使い(♀)、鍵師=盗賊(♂)、ドワーフ=調理人(♂)の四人パーティ。つまりこれはゲーム、ウィザードリィやドラクエの世界です。オープニングで主人公たちは「リレミト」でダンジョンから地上に脱出します。

 しかし勇者の妹がドラゴンにとらわれダンジョンに取り残されてしまった。パーティは勇者の妹をとりもどすためダンジョンに再挑戦します。しかし金もなければ食料もない。そこで。

 彼らは狩った魔物を食べながら階下に進むことになります。ジビエですな。いかに魔物をおいしくいただくか。そのレシピはどうあるべきか。メニューはこういうの。

「大サソリと歩き茸の水炊き」
「人喰い植物のタルト」
「ローストバジリスク」
「マンドレイクとバジリスクのオムレツ」
「マンドレイクのかき揚げと大蝙蝠天」

 圧巻は「動く鎧のフルコース」で、

「動く鎧のドワーフ風炒め」
「動く鎧の蒸し焼き」
「動く鎧のスープ」
「焼き動く鎧」

 動く鎧なんか、からっぽのヨロイなんですから、これのどこを食べるかというすばらしいアイデア。魔物というより、未知の生物とヒトの向き合いかたを描いている。

 とはいえ、ゲテモノを食べるのはちょっとコワイ。本作でも魔法使いが魔物食いをすごくいやがってて笑えます。ゲームですから「死」の意味は軽い。「二年前に初めて死んだ」「初めての死亡だったから」とかいう表現が出てきますが、これもお気楽に読めていい感じ。

 軽い作品でありながら、底にはヒトと食の深い関係が描かれてます。さてラスボスであるはずのドラゴンはどのように料理されるのでしょうか。

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February 03, 2015

10年目のトリアッティ

 当ブログを本来のレイアウトで読まれているかたは、右のサイドバー、その上の方を見ていただくと、「特別企画:遠くから遠くまで」という記事へのリンクがあります。

 これは、白土三平『忍者武芸帳 影丸伝』の主人公・影丸の有名な言葉「われらは遠くからきた。そして、遠くまでいくのだ………」のモトネタをさがす、という主旨の記事です。2005年から2006年にかけて数回にわたって書いたもので、興味を持ったかたから多くのコメントをいただきました。

「遠くから遠くまで」は、パルミロ・トリアッティの言葉からとられたイタリア共産党のスローガンであり、複数の日本人がこの言い回しを使用していました。ただしその後のインタビューで、白土三平自身が、あれはゴーギャンの絵のタイトルを修正したもの、と証言しており、それなりのオチがついたのでありました。

 しかし1950年代の日本で、「遠くから遠くまで」は時代の気分を表現する言葉として、あちこちで使用されていたことも確かなことです。わたしとしては調べたり書いたり、いろいろとおもしろい体験をさせていただきました。

 ただひとつ、トリアッティがいつ、どこでこの言葉を言ったのか、これがつきとめられなかったのが心残りでした。

 そこへ。

 先日、長門裕介氏からメールをいただきまして、あの言葉は1947年9月26日、イタリア下院でのトリアッティの演説であると教えていただきました。おおっ。

 長門氏からは、これを報道する翌9月27日の新聞コピーも送っていただきました。

 トリアッティの演説。

Veniamo da molto lontano e andiamo molto lontano! Senza dubbio! Il nostro obiettivo è la creazione nel nostro Paese di una società di liberi e di eguali, nella quale non ci sia sfruttamento da parte di uomini su altri uomini.

 長門氏の訳によりますと、

われわれはとても遠くから来てとても遠くへと行く。間違いなく。私たちの目指すところは誰が誰に対しても一切の搾取を行わない自由で平等な社会である祖国を作ることだ。

となります。そうだそうだ、これですよ。こっちのフルバージョンこそ、影丸が言いそうな言葉じゃないですか。

 記事を書いてから10年。今になってこういうことがわかるとは。いろいろと感慨深いですねえ。ほんとうにありがとうございました。

 で、わたしもひさしぶりに「Togliatti, Veniamo」で検索してみると、あーらあっさりと「Wikiquote」の「Togliatti」のページにたどりついちゃった(イタリア語ですが)。

 このページの中ほどに、

Veniamo da molto lontano e andiamo molto lontano! Senza dubbio! Il nostro obiettivo è la creazione nel nostro Paese di una società di liberi e di eguali, nella quale non ci sia sfruttamento da parte di uomini su altri uomini. (dal discorso Per la sfiducia al IV Governo De Gasperi, Assemblea Costituente, 26 settembre 1947, in Discorsi parlamentari: 1946-1951, Camera dei deputati, 1984)

という記述があって、10年前にわたしがさがしていたことがここにさらっと書いてあるじゃないですか。「Wikiquote」はWikipediaが別バージョンとして運営しているもので、有名人の発言、有名作品からの引用、諺を集成しようとするプロジェクト。

 わたし10年前も「Togliatti, Veniamo」で一所懸命検索してたんですけどね、当時はイタリア語のサイトがぱらぱらっとヒットするだけで、欲しい情報にはどうしてもたどりつけなかったのですよ。いやーここ10年、インターネット上にはどんどん情報や知識が蓄積されてますなあ。

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January 27, 2015

古き革袋に新しき酒『私を連れて逃げて、お願い。』

 松田洋子の新作は、犯罪に巻き込まれた若き男女がクルマで日本各地を逃げるお話の第1巻。

●松田洋子『私を連れて逃げて、お願い。』1巻(2015年エンターブレイン/KADOKAWA、640円+税、amazon

私を連れて逃げて、お願い。1 (ビームコミックス)

 犯罪+若き男女+クルマ+逃避行。おお懐かしや、70年代テイスト全開です。アメリカン・ニューシネマってこういうの多かったよなあ。日本の映画やTVドラマでもいっぱいマネされてたような気がします。主人公たちはたいてい「自由」を求めて「破滅」へ向かったりするわけです。

 しかし本作は松田洋子作品だから、おそらくはそうはなりません。

 松田作品の特徴のひとつは全員、どこがが欠落している人間ばかりが登場するところ。

 本作の男性主人公は、イケメンであることを除けば何のとりえもない役者のタマゴ。頭はからっぽで、ただテレビに出ることだけが望み。一方の女主人公は、女子大にになるまで同居する祖父母の過干渉を受け入れてきた結果、自己をなくして、肥満して、自分を迎えに来る王子様を待っている。痛い。

 男は強盗殺人事件に巻き込まれ、警察に追われることになりますが、家出してきた女とクルマで東に向かいます。痛いカップルがくりひろげる痛い話、

 なのですが、松田作品のもうひとつの特徴、登場人物全員が饒舌なので、本作はかろうじてコメディとして踏みとどまります。

 松田作品の登場人物たちは全員、自身、他者、状況について、その本質を明らかにするべく、タブーを無視してあらゆることをしゃべり続けます。これは登場人物が幼児であっても同様。『秘密の花園結社リスペクター』や『薫の秘話』『まほおつかいミミッチ』なども、すべて饒舌によってコメディとして成立しました。

『ママゴト』は、一部が欠落した人間たちが饒舌に語り合いながら家族となるお話でした。本書にも似たような構造があって、逃避行の果て、彼らはほんとうに恋人同士になれるのか。夜の海を見に行ってロマンチックな気分になるどころか、ゴミだらけでまっ黒で、いやーな気分になっちゃうのを平気で描けるから松田洋子はスゴイ。

 うーん先が読めない期待作であります。

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January 09, 2015

ベルギーの韓国人『はちみつ色のユン』

 韓国の国際養子がいろいろと問題になってるとは知らなかった。

●ユング『はちみつ色のユン』(鵜野孝紀訳、2014年DU BOOKS、2800円+税、amazon

はちみつ色のユン

 出版社よりご恵投いただきました。ありがとうございます。

 本書は、2013年の文化庁メディア芸術祭アニメーション部門大賞を授賞したアニメーション作品『はちみつ色のユン』の原作マンガ、なのですが、制作過程はもっと複雑。

 著者のユングは1960年韓国生まれの男性。五歳で養子としてベルギーの両親にひきとられ、長じてBD作家となりました。自伝マンガとして本書のうち第一章、第二章を刊行。そしてその部分をアニメーションとして制作し、自身が母国・韓国を訪れるシーンを実写として撮影。2012年ドキュメンタリー/アニメーションとして映画化しました。

 そして、韓国訪問部分をマンガの第三章として描き加え、完成させたBDが本書です。

 韓国では朝鮮戦争以来、孤児が増加し、さらに1970年代からは産業化、都市化が進み、同時に未婚の母が増加。1960年代に7000人、1970年代に4万8000人、1980年代には6万5000人の孤児が海外養子として海を渡ることになりました。

 この背景には、未婚の母に厳しい韓国社会の風土と、韓国政府の人口抑制計画があったようです。日本でも労働力が過剰であった第二次大戦前には、国策として海外移民政策がありました。韓国では第二次大戦後も「移民法」によって海外移民が奨励された時期があり、国際養子も国の監督下で公式になされたものでした。

 もちろんその後この政策は反省期にはいっていますが、統計によると2001年になっても一年で2400人の海外養子縁組がなされているとはちょっと驚いた。

 著者/主人公はストリートチルドレンであったところを警官に保護、施設に収容され、5歳でベルギーに渡ります。父母と四人兄妹の家族にひきとられた主人公は、ブリュッセル郊外に住むことに。本書の原題は『肌の色:はちみつ色』で、実際に主人公の身上書に記してあった言葉です。

 本書の第一章は主人公が13歳になるまで。幸せで不幸な子ども時代。現在でも著者自身が迷っていて総括できない。ヨーロッパに住むアジア人は、やはり異分子扱いを受けてしまいます。

 第二章はハイティーンになった主人公の青春彷徨が描かれます。知り合いの国際養子たちの自殺率は高い。記憶にない実母の面影を求めますが、母に、国に捨てられたとの想いがわきあがる。

 主人公は19歳で日本に旅行します。ただしそこからもう一歩、韓国まで脚をのばすことはありませんでした。彼が母国を訪れるのは、ドキュメンタリー撮影のため、42歳になってからです。この年月は長くかつ重い。

 第三章で主人公はやっと韓国を訪れます。しかし何かが解決するわけではなく、悩みはつきません。

 国際養子という存在、韓国の社会事情についてもベルギーの日常生活についても、知らないことばかりでいろいろと勉強になりました。

 作品としては不満なところもあって、わたしは絵にノレませんでした。頭が大きく首は細く、かなり戯画的な絵柄で、背景は描き込みをしない。わたしがBDに求めている最大のものは絵の魅力なので、そこがもひとつ。

 あと、人物が仮面をつけたり、過去の自分と対話したりする演出もちょっとね。

 ただしそういう部分をおぎなってあまりある事実の重みと、主人公の苦悩が胸をうつ作品でした。

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