January 28, 2012

アラブのあんちゃんの物語『太陽高速』

 古い本ですが、最近入手して読んだのがこれ。

●バル『太陽高速 AUTOROUTE DU SOLEIL』(Takako Hasegawa訳、1995年講談社、amazon

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 講談社の雑誌「モーニング」が主催するモーニング国際新人漫画賞も、この春には第五回の受賞作が発表されるみたいです。「モーニング」は以前から海外作家の起用に熱心で、鄭問『東周英雄伝』などもそうでした。1990年代にはBD作家が登場することも多く、バル『太陽高速』もそのひとつ。連載は1994年です。

 じつはこの時期のモーニングや著者のことをよく知らなかったのでまったく白紙の状態で読んだのですが、いやー、おもしろかった。

 50年代のファッションを愛する主人公、リヨンに住むチンピラのカムリはアラブ系の伊達男。人妻とよろしくやっていたところを、彼女の夫、医師で「フランス国民党」候補者でもあるフォリシエに見つかってしまいます。カリムはフォリシエに追われて街を逃げ出すことに。一緒に逃げる相棒は、さえないイタリア系の友人、アレクサンドル。ふたりの逃避行が描かれます。

 「太陽高速=オートルート・デュ・ソレイユ」とはフランスの高速道路のうち、パリ~リヨン~マルセイユをつなぐ道路のことだそうです。かっこいいネーミングですねえ。カムリとアレクサンドルはこの高速道路沿いの街をいったりきたり逃げ回る。

 主人公のふたりは南仏で遊んだり、麻薬取引に巻き込まれたり、凸凹珍道中をくり広げます。お話はシリアスに展開しながらも乾いたユーモアがあって、こういう空気感は日本マンガにはないから読んでて楽しい。ショーケンと水谷豊のTVドラマ「傷だらけの天使」を思い浮かべちゃった。例が古くてすみません。

 追う側のフォリシエの狂気がどんどんエスカレートして、お話はとんでもない地点に着地します。その背景にあるのが彼が極右の政治家であるということ。彼らは外国人排斥を訴えています。いっぽうで本作は、多民族国家であるフランスの中でも異邦人であるアラブ系の若者が主人公。娯楽作品にもそういう社会的背景を描き込むという意欲的な作品、なのだと思います。

 バル BARU は1947年フランス生まれのBD作家。『太陽高速』は雑誌「モーニング」のために描かれた作品で、著者にとっても本作がブレイクスルーとなったそうです。仏語版はアングレーム国際漫画祭で1996年の最優秀作品賞をとってます。日本がかかわった作品が高く評価されるのって何かうれしいですね。

 日本雑誌向けの作品ですから、ほとんどのページがモノクロで描かれてます。ただしスクリーントーンじゃなくてウスズミを使ってる(→「AUTORROUTE DU SOLEIL, BARU」の画像検索結果)。

 このあたり日本語版の単行本では紙が悪くて、ウスズミの印刷がちょっと不満だなあ。

 日本語版は右開きですが、仏語版は左開き。絵を反転させてるんじゃなくて、コマの順番をいれかえて構成し直してます。四角い定型的なコマだからこういうのも可能。フキダシや擬音は各国であとからいれてますね。

 仏語版は1995年の初版以来、2002年、2008年と刊行されてて、本年2012年にも再版される予定です。それだけ人気があって評価されてるのでしょう。

 もひとつ。訳者の長谷川たかこ氏はフランス在住のかたで、調べてみて驚いたのだけど、長谷川町子の姪ごさんなんだそうです。メビウス+谷口ジローの『イカル』なども訳されてます。サザエさんとメビウスの間にこういう不思議な縁があろうとは。

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January 20, 2012

うまい、うますぎる『四月は君の嘘』

 この作品、第2巻の発売が2012年1月17日なのに、マンガ大賞候補作として発表されたのが1月16日。マンガ大賞、えらく仕事が速い。

●新川直司『四月は君の嘘』現在2巻まで(2011~2012年講談社、各438円、419円+税、amazon

四月は君の嘘(1) (月刊マガジンコミックス) 四月は君の嘘(2) (講談社コミックス月刊マガジン)

 前作『さよならフットボール』は全二巻で完結した作品でしたが、本作は2巻以降も続きます。前作でも感じたように、著者はたいへん絵がうまい、そして「マンガ」がうまいひと。本作ではさらに進歩しています。

 マンガがうまい、というのはコマ構成とか、セリフやモノローグの置き方とか、擬音のありなしとか、シリアスとギャグのバランスとか、そういう演出一般のことね。

 マンガには、絵の技術系、美術系のマンガ表現の進歩とは別の、あだち充とか少女マンガが切り開いてきたエンタメ系マンガ表現の進歩、というのがあると思うのですよ。

 感情と事件を、叙情と叙事を同時に表現する手法。大きなコマと余白をいっぱいつかって、読者の感情を自在にあやつる手法、とでもいいますか。

 著者はそういう技術をすっかり自分のものにしちゃってて、すでにもう名人クラス。あまりに高度なことを楽々とやっているので、これが日本マンガの標準か、と思ってしまいますが、そんなことはない。このひとが、とくにうまいのですね。

 お話はクラシック音楽モノ。小学生にして才能あるピアニストだった主人公(♂)は、ある事件をきっかけにピアノから離れてしまいます。そして現在、中学生となった主人公が、奔放にバイオリンをひく少女に出会ったとき、ふたりの運命は大きく変わる……!

 とくにすごいのが、クライマックスとなる演奏シーン。1・2巻にはそれぞれ一回ずつあります。かわいい女の子の表情がすっと変わり、むしろこわい顔に変化。大ゴマ、カットバックの連発。手のアップ、「目」のアップ。さらに演奏者の後ろ姿の美しいこと。

 なにげない景色も心理描写と無縁ではありません。学校からの帰り道、ちょっと傷心の少女が空を見上げると曇り空。同性の友人から言われた言葉を思い出す少女。「らしくないから」「目が曇ってる」 そして空を眺めながら少女はつぶやきます。「どんてんもよう」

 いやー、うまいっ。しかもこの直後に彼女、かつてあこがれていたセンパイからコクられるという怒濤の展開だ。

 音楽マンガ+少年の成長+りりしい少女+周辺の友人を巻き込んだラブコメ+さらに難病モノであることも予感させている。いろんなものをつめこんだそれなりにベタなお話。しかしお見事な演出と出会うことよって、エンタメマンガの王道を歩んでいるのです。

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January 15, 2012

神は具象に宿る『闇の国々』

 さてフランソワ・スクイテン/ブノワ・ペータース『闇の国々』(古永真一・原正人訳、2011年小学館集英社プロダクション、4000円+税、amazon)について。

闇の国々 (ShoPro Books)

 出版社よりご恵投いただきました。ありがとうございます。

 「闇の国々」とは、ある架空の世界のこと。そこはわたしたちの住むこの地球、とくにヨーロッパと地形、風俗がちょっとだけ似ていますが、まったく別の地理と歴史を持った世界です。

 しかし「闇の国々」はわたしたちの地球とまったく無縁というわけではなく、ある接点でこちらの世界とつながっているらしい。

 「闇の国々」シリーズはこれまで12巻のBDと、番外編となるガイドブックやCD、DVDが発表されているそうです。

 今回邦訳されたのはそのうちの三編、「狂騒のユルビカンド」「塔」「傾いた少女」です。それぞれ舞台となる時代、場所が異なり、別の人間が主人公ですが、同じ世界、同じ時間軸上のお話です。

 ページを開いてびっくり。本書収録の作品はほとんどモノクロ、一部カラーで描かれてるのですが、絵がすごい。銅版画のような精緻な線で描かれた絵は、人物もさることながら、奇想の室内や建築物がこまかくこまかく、すみずみまで描き込まれています。

 ここは架空のあり得ない世界。しかもお話はさらにありえないホラ話系です。その世界を読者に信じさせるために、絵のはしっこにある小物にいたるまでなにひとつおろそかにされていない。絵のチカラ、具象のチカラを思い知らされます。

 絵を担当するスクイテンがどんな絵を描くひとか、グーグルの画像検索でどうぞ。

Schuitenの画像検索結果
Les Cites Obsuresの画像検索結果

 それでは各作品の感想を。「狂騒のユルビカンド」は、アール・デコ調の直線と曲線で形成された都市、ユルビカンドが舞台。主人公はこの街を設計した、「対称」を愛する都市計画家です。主人公の部屋に持ち込まれた小さな立方体。最初は単に12辺の硬い棒からできているものでした。しかしそれはゆっくりと成長を始め、ついには巨大なジャングルジムとなって都市をおおうことになります。

 魅力的なのはユルビカンドという都市の造形と、さらにそれが立方体に浸食されていく風景。都市と建築物を見せるためのマンガ、といってもいいくらいの作品です。こういうのはほんと読んだことないなあ。

 「塔」はこの世界にある巨大な塔のお話。主人公はこの塔の一部を保守点検する仕事をしています。しかし塔はあまりに巨大かつ古すぎて、その全貌をだれも知らない。主人公は塔の中を旅することになり、ついに塔の真実を知る……

 本作でも塔そのものの描写が圧倒的にすごいです。

 主人公の名はジョヴァンニ・バッティスタ。シナリオ担当のぺータースが書いているように、この名はジョヴァンニ・バッティスタ・ピラネージへのオマージュです。ピラネージは18世紀イタリアの版画家。本書に登場する塔はピラネージの絵が発想のもとになっています。

Piranesiの画像検索結果

 ピラネージが描いたもっとも有名な作品は一連の「牢獄」ですから、「塔」とは「牢獄」のこと、さらにそれは人生のアナロジーであることはあきらかです。

 原著の表紙イラストは一見すると塔の外で抱き合う男女の絵(→)。ところが本書に収録されてるイラストの全体像を見ればわかりますが、これは「塔を描いた絵」が塔の中に置かれていて、男女はその絵の前に立っているのですね。よく見ると影の感じでわかるでしょ。別バージョンの表紙イラストもあって、こっちのほうがわかりやすい(→)。つまり表紙イラストからして寓意を含んでるわけです。

 さらに本作の冒頭には主人公が登場して口上を述べるシーンがあったりして、三作の中ではもっとも寓話性が高い作品です。

 「傾いた少女」は収録された中ではもっともページ数が多い。メリー・フォン・ラッテンは11歳のある日、突然に斜めにしか立てなくなってしまいます。まるで彼女だけ重力の方向が違っているように。

 いっぽうそのころ、マイケルソン山の天文台ではワッペンドルフ博士が「あらゆる物体の光線を吸収してしまう」「驚異的な密度を備えた星」を発見しました。わたしたちの言葉でいいますとブラックホールですね。彼らは軍の協力を得て「天空砲弾」を製作し、その星に行くことを計画します。

 さらにいっぽうそのころ。この部分は絵じゃなくて「写真マンガ」で表現されます。「闇の国々」世界じゃなくて、わたしたちが住むこのリアル世界。19世紀の画家オーギュスタン・デゾンブルは高原のある廃屋に住むことになりますが、そこで彼は憑かれたようにある絵を描き続けてしまう。

 この三人の運命がからみあったとき、「闇の国々」世界の謎が明らかになる……

 メリーやワッペンドルフ博士はシリーズの他の作品にも登場する重要人物で、本作は「闇の国々」シリーズの根幹に位置する作品のようです。「砲弾」型の宇宙船はもちろんヴェルヌへのオマージュで、本作にはヴェルヌ作品のようなモダン19世紀の科学世界が登場します。

 三作とも難解すぎることがなく、娯楽作品として楽しめるのもいいところ。日本マンガで本書に似た作品というのは、まったく存在しません。マンガ読書体験としてすごく新鮮で堪能しました。

 あとは「闇の国々」シリーズ、カラー作品の邦訳に期待。かつて『見えない国境』という作品がごく一部だけ邦訳されたことがありました。スクイテンのカラー作品は、これがまたすばらしいのですよ。

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January 11, 2012

マンガの色についてふたたび

 日本マンガから色がなくなったのはどうしてか、と考えることがあります。

 戦前の日本児童マンガ単行本には、一部は四色(あるいは三色)カラーが使用され、多くは二色カラーで印刷されるという伝統がありました。

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坂本牙城『タンクタンクロー』1935年(復刻版・小学館クリエイティブ)


 第二次大戦で日本の子どもマンガがほぼ絶滅してしまい、その空白のあと戦後はどうなったのか。

 じつは戦後の日本マンガも、色を失わないように奮闘していました。たとえば少年画報社の前身、明々社が発行した雑誌「冒険活劇文庫」1948年創刊号は、その復刻版を見ると総38ページのうち半分が二色です。

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「冒険活劇文庫」1948年創刊号(復刻版・「少年画報大全」付録)

 紙の悪い時代でも、子どもマンガには色をつけるべき、と考えられていたのでしょうか。多くの赤本マンガも四色や二色をとりいれていました。

 しかしマンガは子供のものですから安価でなければならない。カラーページはどうしても高価になり、制作側としても量産がむずかしい。カラーをとるのか、ページ数をとるのか。日本マンガの未来にはふたつの道があったと思います。

 戦後に輸入されたアメコミは、カラーで発売されました。1959年に創刊された少年画報社の雑誌「スーパーマン」はオールカラーでしたし、日本リーダースダイジェスト社から1960年に創刊された「ディズニーの国」も、マンガ部分はオールカラーでした。しかしいずれも短期で撤退。オールカラーの海外マンガがモノクロ日本マンガに敗れる、という構図が続きます。

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「ディズニーの国」1963年8月号

 きっとそれを選んだのは読者だったのでしょう。日本の読者が、色よりも量を好んだのです。もちろんそこには一定の質でマンガを量産できる作家が存在したからですね。手塚治虫とか。

 日本マンガは色を捨て、モノクロにシフトしていきます。月刊マンガ誌の増ページは始まっており、長大なページの別冊付録がつくようになります。マンガはごく一部のページに色がつくだけで、ほとんどのページがモノクロ、というのが標準になります。こうなるともう、価格的にも制作上の問題としても、日本マンガがカラーにもどるのは不可能となりました。

 さらにマンガ週刊誌の登場がこの傾向に拍車をかけることになります。初期こそマンガ週刊誌はマンガ部分にも二色を使用していましたが、マンガ誌のページ数増加とともにカラーページはどんどん少なくなっていきます。

 ただしマンガ雑誌が完全に色を捨てたわけではありません。今もトビラや一部のページはカラーで描かれるし、単色の部分でも、黒じゃなくて青や赤などさまざまな色のインクを使い、さらに紙も全体としてカラフルに見えるようにしています。

 これは戦前から子どもマンガで使用されていた手法ですが、戦後もずっと踏襲され現代まで続いているのですね。

 いっぽうのマンガ単行本。マンガ単行本が高価だったハードカバーの時代は四色や二色ページがまだまだ多くありました。光文社が1964年に発売開始した「カッパコミクス」は、単行本というより雑誌形式の総集編に近いものです。『鉄腕アトム』『鉄人28号』などが有名ですが、これにもカラーページ(四色じゃなくて三色)や二色ページがありました。

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カッパコミクス版『鉄腕アトム』5巻「十字架島の巻」 1964年 

 しかし、1966年以降マンガ単行本の標準になる新書判コミックスになると、カラーページは存在しなくなります。そして雑誌に掲載されたときのカラーページや二色ページは、モノクロの新書版コミックスではむしろ読みにくくなってしまうという矛盾があらわれるのです。

 意外にも二色ページは青年マンガで生き残ります。中綴じの青年マンガ雑誌は少年誌より二色のマンガ部分が多かった。これってなぜなんでしょう。おとなマンガから続く伝統みたいなものですか。ビッグコミック巻末の黒鉄ヒロシ『赤兵衛』なんか今も二色です。四コマ誌にも二色ページがありますね。

 雑誌だけじゃなくて、1970年代、B5判の雑誌総集編というかたちで刊行された青年マンガの多くは、巻頭に二色ページを置いていました。さらに新書判よりちょっとだけ大きいB6判で出版され始めた青年マンガ単行本も、初期は巻頭に二色ページがあったのを覚えてるかたも多いでしょう。『美味しんぼ』とかね。

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花咲アキラ/雁屋哲『美味しんぼ』1巻 1985年

 アメコミの邦訳も本国より色数を減らされたりします。これは1975年の「週刊プレイボーイ」に連載された二色版『スパイダーマン』。

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「週刊プレイボーイ」1975年10/10号

 さらにこれは1978年に光文社から発行されたモノクロ版『ファンタスティック・フォー』。読みにくいったらありゃしない。

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『ファンタスティック・フォー』2巻(1978年光文社)

 しかし日本マンガの進歩はモノクロ表現とともにありました。お話の展開にはますます大量のページを使用するようになり、背景の描き込みはどんどん細かくなり、斜線の多用、さらにスクリーントーンの超絶技法まで加わってもうエライことになっております。

 ときどきサンリオの「リリカ」みたいなカラー雑誌が登場したり、フルカラーの海外マンガが邦訳されるということがありましたが、結局日本マンガに「色」が定着することはなかったのです。

 そして現代。マンガはモニタ上で読む時代を迎えつつあります。モニタ上なら色があってもアタリマエ。今出版されてるネット出身のマンガの多くは色を持っています。

 今後、PCで、あるいはタブレット端末で読むマンガがモノクロである場合、それは「カラーでなくモノクロである必然性」が求められるようになるのじゃないかしら。モニタ上のマンガはコマ構成だけじゃなく、色についても大きく変化するような気がします。

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January 01, 2012

謹賀新年

 あけましておめでとうございます。とかいいながら、この文章は酔っぱらって紅白見ながら書いてるので、ほんとはまだあけてませんが。

 東京の大学に進学した娘が帰郷してやっと「輪るピングドラム」について話す相手ができてうれしい。

 さて2011年はアメリカやヨーロッパの海外マンガ邦訳が盛んになった年でした。

 その理由はいろいろあるとは思いますが、まずは(1)諸氏による数年にわたっての地道な海外マンガ紹介の結果。そしてその結果(2)海外マンガ出版がある程度商売になる、ようになったのじゃないかしら。よく知らんのですが。

 年末の大物はフランソワ・スクイテン/ブノワ・ペータース『闇の国々』(2011年小学館集英社プロダクション、4000円+税、amazon)ですね。

闇の国々 (ShoPro Books)

 お値段もそうとうですが、すっごいぶ厚いハードカバーで邦訳出版されました。小学館集英社プロダクション強気。

 絵を担当してるフランソワ・スクイテン François Schuiten はかつてフランソワ・シュイテンと紹介されていました。美術出版社の「エラー」1号・2号や、飛鳥新社の「アディダス・マンガ・フィーバー」「JAPON」ではそうでしたね。ブノワ・ペータースと組んだそれらの作品では、繊細な線とカラリングがすばらしかった。

 『闇の国々』のページをめくって驚いたのは、銅版画のように緻密に描かれたモノクロマンガであること(一部カラーあり)。かつて知ってたシュイテンとは違うんだもんなー。これはこれでむちゃすごい。

 シナリオ担当のブノワ・ペータース Benoît Peeters の日本への紹介は、スクイテンと組んだ作品以外にも、フレデリック・ボワレ『ラブホテル』『東京は僕の庭』の脚本が知られてます。

 じつはわたしにとっては、英語で書かれたタンタンの研究書『TINTIN AND THE WORLD OF HERGÉ: AN ILLUSTRATED HISTORY』の著者としておなじみ。くりかえし読んだ本で、お世話になりました。

 おそらくこの冬最大の話題本はこの『闇の国々』だと思います。早く紹介したいのだけど、読みとおすのに時間がかかるんだもんなー。

 もしかするとマンガ系より先に「本の雑誌」系で評判になっちゃうかもしれない。そういうことではいかんっ、と酔っぱらったわたしは考えるのですが、あ、年があけた。本年もどうぞよろしくお願いします。今年もいろんなすてきなマンガに出会えるといいですね。

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December 28, 2011

ゆっくり読むべし『モンスター』

 マンガというのはいろんな方向に先端があるのだろうけど、おそらくこの作品こそひとつの方向の最先端でしょう。

●エンキ・ビラル『MONSTER モンスター 完全版』(大西愛子訳、2011年Euromanga合同会社/飛鳥新社、3200円+税、amazon

MONSTER モンスター[完全版] (EURO MANGA COLLECTION)

 出版社よりご恵投いただきました。ありがとうございます。

 1998年末、河出書房新社より突然、という感じで出版されたのがエンキ・ビラル『モンスターの眠り』でした。原書でも同年発売されたばかりの作品で、のちに「アッツフェルド四部作」と呼ばれるようになるシリーズの第一作です。

 2000年になって河出書房新社はエンキ・ビラルの旧作「ニコポル三部作」を邦訳しましたが、『モンスター』のほうは続編の邦訳はなく。だって第二作が描かれるのは2003年。完結したのが2007年というのんびりぶりでしたから。

 本年になってついに、ユーロマンガから『モンスター』が完全版として邦訳されました。いやめでたい。

 近未来、ニューヨーク上空をエアカーのイエローキャブが滑空する世界。主人公ナイキ・アッツフェルド(♂)は紛争下のサラエボ生まれ。彼は同時期、同じ病院で生まれたレイラ(♀)、アミール(♂)との再会を計画していた。三人は別々の人生を歩み世界の別の地域に住んでいたが、三人ともほぼ同時に、過激化した宗教組織オプスキュランティス・オーダーと、謎の人物ウォーホール博士の間の暗闘にまきこまれてしまう。その影には、宇宙からの信号によって発見された、アラビア半島にある砂漠の洞窟の謎がからんでいるらしい。そこに見え隠れするのは超古代に飛来した宇宙人と、人類誕生の秘密……!

 オブスキュランティズム Obscurantism とは、反啓蒙主義と訳されますが、本書でのオプキュランティス・オーダーはどうも悪の宗教組織らしい。対するウォーホール博士の名は「戦争の穴」であり、アンディ・ウォーホルのごとき芸術家。しかしその芸術は邪悪な死の芸術。

 著者自身もユーゴスラビア生まれです。紛争下に誕生した主人公が三人で、しかもひとりはイスラム名。悪の組織らしいのが宗教がらみ。というわけで本作は、民族・宗教と戦争、さらに芸術がテーマ。

 超古代遺跡+宇宙人+悪の宗教組織というネタのマンガが描かれるとして、アメコミならスーパーマンが登場するアクション、日本マンガなら妖怪ハンターでしょう。でもBDなら芸術を語ることになるのが驚きです。

 著者はなんといっても「絵」「イメージ」のひとです。まずはYouTubeでどうぞ(→)。

 鉛筆でがしがし描いたあと、いろんな画材をつかってぬりぬり。イラストを描いてるわけじゃなくて、これが実際のBD作品となります。

 自分とそっくりのレプリカントを殺すシーンがあったり、美形の悪役が登場して芸術としての殺人(部屋のあちこちに飛んだ被害者の血痕を展開図にすると、殺人者のサインがあらわれる!)がおこなわれたり、さらに「死のコンプレッション」と名づけられた全長250メートルの「芸術作品」が登場したり。

 主人公たちが彷徨するのは、そして読者の眼前に展開されるのは、悪夢的でおぞましい、しかし奇妙に美しい世界。

 著者は本作でとくに、空気を絵に描き込んでいて、ともかく背景処理がすごい。なんでもない会議のシーンでも、空中に風が吹いています。

 さらにハエやサカナや血のイメージが宙をただよい、悪夢感は強まります。さらに説明なしに提出されるSFガジェットもいっぱい。錯綜したストーリーもあって、さくさく読み進むのは困難でしょう。でもそれがBDの正しい読みかたのような気がします。

 ヒトコマヒトコマ、ゆっくりと楽しんでください。

 ちょと残念なのは判型が原著に比べてかなり小さくなってしまったこと(それでもB5判より大きいのですが)。

 かつての河出書房新社版はすっごく大きな本でハードカバー。絵のすみずみまで楽しめましたが、一巻のお値段2850円でした。もしあの大きさで刊行が続けば四巻で一万円をはるかにこえてしまう。

 ユーロマンガ版はニコラ・ド・クレシー『天空のビバンドム』でもそうでしたが、ちょっと小さめソフトカバー、だけどいい紙を使ってて、価格的にも検討しています。BD出版はいろいろとたいへんですね。

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December 23, 2011

年末ベストテン雑感

 年末ベストテンがいろいろと発表されてます。

このマンガがすごい! 2012 フリースタイル17 特集:THE BEST MANGA 2012 このマンガを読め! ダ・ヴィンチ 2012年 01月号 [雑誌] オトナファミ 2012年2月号[雑誌]

●おなじみ宝島社『このマンガがすごい!2012』の選者は、有名人、書店員、雑誌編集部、大学漫研、中学校、小学校、マンガ学部+マンガ専門学校。さらに「各界のマンガ好き」(オトコ編55名、オンナ編41名)を合わせて、計オトコ編が111名、オンナ編が81名。

 表紙には「400人以上のマンガ好きが選ぶ」とあります。それはちょっとマユツバですが、実際の選者はオトコ編オンナ編、それぞれ100人前後となり、かなりの人数です。基本的に昨年「2011」と同様の選考方法です。

 『このマンガがすごい!』は、一昨年「2010」で集票に全国アンケートを加えるという愚を犯してしまいましたが、さすがに昨年、今年とそれはやめてます。日本でダントツに売れてるマンガはここ数年ずっと『ワンピース』なんですから、それしちゃうとね、もうブックガイドじゃなくなっちゃう。毎年『ワンピース』が上位にくるに決まってますから。

 今年の『このマンガがすごい!』の結果は、オトコ編一位は『ブラック・ジャック創作秘話』、オンナ編『花のズボラ飯』という(わたしにとっては)意外な結果でした。両方とも楽しく読んだけど、ノーマークだったなあ。


●メディアファクトリー「ダ・ヴィンチ」2012年1月号のコミックランキングは読者投票です。有効投票数が約五万というからこりゃすごい。この全員がマンガにも投票してるわけではないでしょうけど、数万のアンケートですからね-。

 これだけの人数による投票になりますと、当然ながら一位は『ワンピース』、以下ずらずらと有名作品が並びます。

 「ダ・ヴィンチ」も本来ブックガイド雑誌のはずですが、コミックランキングに関しては、ブックガイドとしてはまったく機能してません。

 ま、なんつってもミステリー・エンタメランキングの11位にはあの、水嶋ヒロ『KAGEROU』がランクインしてますので、ランキング全体の信頼性はどうよ、というところではありますが。


●エンターブレイン「オトナファミ」2012年2月号(新春特大号なのに2月号とはこれいかに)には「全国3000店の書店員が選んだ」マンガランキングが掲載されてます。

 ウワサによると書店員のみなさんは、出版社からこういうアンケートを報酬なしで依頼されているそうで、ごくろうさまです。

 これがなかなかヒネった結果になってておもしろい。一位『HUNTER×HUNTER』はともかく、二位が『ドリフターズ』、三位は『鬼灯の冷徹』。なるほどそうきたか。マイナーからメジャーへ境界線を少し越えたところ、という微妙な選択なのかな?


●「フリースタイル」17号の特集は「THE BEST MANGA 2012 このマンガを読め!」でした。選者55人。こちらの特徴は、選者の年齢がそうとうに高いところ。60歳以上、50歳以上がずらずらと。でもとんがってるのはこっちです。

 一位はいがらしみきお『I 【アイ】』。

 「このマンガを読め!」と「ダ・ヴィンチ」のランキングを見比べていたのですが、なんとベストテンは一作もかぶっていない。どころか、それぞれを20位まで見ても、一作もかぶっていません。ちょっと驚いた。これはまったくのベツモノですなあ。

 「このマンガを読め!」の今年の特徴は、海外マンガが20位以内に二作、40位まで広げると五作もランクインしたところですね。確かに昨年末から本年にかけての海外作品邦訳ラッシュはすごかった。海外作品プッシュの漫棚通信としては、喜ばしいことです。

 わたしも末席ながら「このマンガを読め!」のアンケートに参加させていただいてます。よろしくどうぞ。

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December 19, 2011

俗にして前衛『リミット』

 すえのぶけいこ『リミット』が全六巻(2010~2011年講談社、各419円+税、amazon)で完結。

リミット(6) <完> (講談社コミックス別冊フレンド)

 林間学校へ向かうバスが山道から転落。クラスのほとんどが死亡、生き残ったのは数人の女子高生だけだった。山中で救助を待つ彼女たちだが、異様な状況が彼女たちの精神を暴走させる。暴力による支配と服従、そしてついに殺人が……!?

 えー、ゴールディング「蝿の王」です。

 少女マンガ、しかも別フレ連載、という制約で、こういうお話を描こうとして、しかもそれをやりとげたということに拍手。

 不満はいっぱいあります。まず、こちらを信じさせてくれるような「嘘」をつけてないところ。

 現代日本で高校のクラスが壊滅するほどの大事故。なのになかなか救助が来ない。マンガ内ではいろんな偶然が重なったと説明がされてはいます。でもすっごい山奥じゃあるまいし、現場の天候も悪くない、彼女たちもたき火の煙を出してる、はずなんですけどね。

 遭難者たちの行動もよくわかんない。どうしてそんなふうに状況を悪化させる行動ばっかりするんだー。←ただしこれはすべてのホラー、サスペンスドラマの被害者たちがそうなんですけどね。

 別フレですから、最後はハートウォーミングなハッピーエンドが義務づけられています。「蝿の王」からハッピーエンディングにもっていくのはきびしい。本作でも読者を納得させるほど成功しているとは言いがたい。

 しかも連載中に震災があったわけです。こういうディザスターを扱ったマンガは、描くのがきつかったでしょう。

 しかしそれでも。本作は意欲作です。

 現実世界でそれなりのリア充だった主人公が、現実から隔絶した悪夢的世界にほうりこまれることで、現実世界こそが悪夢であったことに気づく、という展開。これが別フレに載ってるわけですからね。

 もちろん別フレ読者にとっての悪夢とは、学校生活です。「空気を読んで」「うまく」生きていくことがすべての世界。せまい世界ですが、そこに生きている彼らは外の世界のことを知りません。学校の「外」を極端な形で見せたのが本作です。

 さて本作の別フレ的結末のつけかたは。

 けっして無垢ではない、現実世界ではむしろ加害者であった主人公は、いろんな行動や言葉で、なんとかみんなをハッピーにしようと泥臭くがんばります。テーマは前衛、しかし展開はまさに少女マンガ、子どもマンガにおける通俗の王道です。

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December 13, 2011

貸本時代のみやわき心太郎

 みやわき心太郎が亡くなって一年。ハートウォーミングな青春マンガから、人間の心の闇をえぐる作品まで、端正な絵で描かれた多様な作品群が残されました。

 わたしはかつて虫プロ「COM」に掲載された作品を愛読していました。長く活躍され上質の作品を多く残したのに、麻雀マンガや「THE レイプマン」をのぞいて入手できる単行本が少ないのが残念でした。

 しかし最近になって、佐藤秀峰の主催する「漫画 on Web」で、みやわき心太郎の貸本劇画時代作品を購入・閲覧できるようになっています(→)。

 「漫画 on Web」のシステムはデータを購入するのじゃなくて一年の期限付き閲覧許可です。ですから、ネット環境のないところでは読めない。PCのビューワでは画像拡大ができない(iPadで読むときは可能です)。さらに価格がやや高価。ポイントシステムで300円ごと、500円ごと購入なのでぴったりと使い切れない。などなど読者としてはいろいろと不満が多い。でも初期のみやわき作品が手軽に読めるのなら、ここはしょうがないか。

●わたしの愛するおばかさん

 これは1982年に駒絵工房から発行されたB6判の短編集。以下の作品が収録されています。

 ○わたしの愛するおばかさん(1964年「青春9号」
 ○顔(1959年「街29号」第15回新人コンクール入選作
 ○尼崎家の女中(1959年「街34号」)
 ○君(1961年 1964年「青春3号」)
 ○23年(1965年 1967年「破(ブレイク)1号」)
 ○あいつ(1964年 1965年「青春12号」)

 このうち『顔』がデビュー作なのかな。11ページの短編スリラー。貸本短編誌「街」に掲載された投稿作品だと思います。第二作(?)の「尼崎家の女中」も殺人事件を扱った作品。この二作にはまだ著者の本領は出ていません。(『顔』がデビュー作、『尼崎家の女中』は第三作でした)

●みやわき心太郎短編集1

 ○赤い夕日がしずんだ時(1960年「街」42号)
 ○折鶴(1973年「トップコミック」12月12日号)
 ○鐘鳴る宵に~盲目の彼~(1961年「新劇画ヒットシリーズ」)
 ○オタンコナスのイカレポンチのウスラトンカチ!!(1961年 1964年「青春4号」)
 ○ボイーン(1964年「青春8号 7号」)

 1960年の『赤い夕日が沈んだ時』は前年の二作から見て大きな進歩が見られます。題材も市井の若者の生活からとられるようになり、なんつっても絵がむちゃうまくなってます。女の子がかわいいのがみやわき作品の魅力ですからね。

 おもしろいのがこの作品のトビラに「尼崎くらぶ駒画作品 特別賞受賞第一回中編作品」とあること。「駒画」とは松本正彦が自身の作品を称した言葉。すでに1959年には「劇画工房」が発足していましたが、この時期でも松本以外の作品に「駒画」が使用されたことがあったのですね。

 ヒロッペ(ヒロ子、五月洋子)という女性主人公が登場するのが『オタンコナスのイカレポンチのウスラトンカチ!!』と『ボイーン』。前者は高校生ヒロッペと同級生の増田次郎くんの、後者は中学生ヒロッペとボクシング部の男子高校生との間の、ほんとどうでもいいような恋愛感情を描いた作品。

 でもこれがねー、むずがゆくってねえ、ああ、いい、とてもいい。でも恥ずかしい。わたしなんかには、これぞ、みやわき心太郎! なのですけどね。

●みやわき心太郎短編集2

 ○ニューパパ(1960年 1964年「青春6号」)
 ○おとめ(1961年「街別冊1.2.3」10号)
 ○ごきげんななめ(1964年「青春8号」)
 ○ウフフフッ(1964年「青春35号 10号」
 ○マイザブトンボーイ(1960年 1965年「青春14号」)

 わたしの記述に「?」マークが多いのは、サイトの初出紹介があやしく思われるから。作品トビラに記述されてる年代とずれてるし、著者の画風や作品内容から考えてもどうか。書誌的にはこれちょっと信用できません。(コメント欄で教えていただいた飯田耕一郎氏のサイトを参考に修正しました)

 『貸本マンガRETURNS』(2006年ポプラ社)には「一九六三年、辰巳ヨシヒロの第一プロから『青春』という短編誌の刊行が始まる」という記述もあり、これを信用するなら本サイト上の「青春」の発行年や号数はまったくでたらめということになります。

 それにしてもサイトの記述者もこれはちょっとおかしいと思わないかなあ。

 このうち『ごきげんななめ』(「ハートコレクションNo.7」というシリーズ名がはいってます)『ウフフフッ』『マイザブトンボーイ』の三作は、ひきつづき高校生ヒロッペと増田次郎くんの、どうでもいい恋愛のシリーズ作品。ああむずがゆい。

 この作品群では、時代の最先端を行く中流家庭の描写がすばらしい。この時代、このマンガに登場するようなモダーンな家がつぎつぎと建築されつつあったんですよね。

●みやわき心太郎短編集3

 ○灰色の雲のすきまの青空(1961年 1962年「街」63号)
 ○男の叫び(1965年 1966年東京トップ社「東京残酷物語1」 「青春残酷詩1」
 ○日曜日の九(1961年 1964年「青春別冊1号」)
 ○雨(1965年「青春15号 16号」)
 ○その顔大好き(1965年東京トップ社)

 『灰色の雲のすきまの青空』は、父親の死で遺産相続トラブルにまきこまれた少女の悲劇。あとがきに「このシナリオは、五年近くあたためていたものです」とありますが、いやいやいや、五年前なら著者はまだ13歳のはず。

 しかしこの話、よほどお気に入りだったと見えて、そのまま『男の叫び』という作品でリメイクされています。ページ数は倍増。このころにみやわき心太郎のマンガは早くも円熟の境地にはいっていて、完成度高し。著者の代表作のひとつでしょう。

●みやわき心太郎短編集4

 ○もてない奴 その1、その2(1965年「別冊青春3号」)
 ○箱師 成金の三平(1965年「刑事48 日本チャリンコ銘々伝1」)
 ○逃げる二人(1965年「刑事49 日本チャリンコ銘々伝2」)
 ○ニューママ(1960年 1964年「青春5号」)

 『もてない奴』は絵がつたなすぎるし、内容も日活アクションの焼き直し。1965年作品とは信じがたい。(実際に1965年が初出のようです。どうも旧作を掲載したらしいですね)『逃げる二人』は「手錠のままの脱獄」を若い男女に変更して描いたものです。みやわき心太郎の絵がもっとも少年マンガに近づいていたころの作品。こういう絵、好きです。

 しかしみやわき心太郎の、すっごくむずがゆい青春マンガだけを集めてどこかで出版してくれないかしら。わたし買いますけどねー。

 【追記】コメント欄のご指摘にしたがって、飯田耕一郞氏のサイトを参考に作品の発表年、およびわたしの文章を修正しました。

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December 05, 2011

『ののちゃん』とマリーザ

 朝日新聞に連載中のいしいひさいち『ののちゃん』に登場する高校生シンガー、吉川ロカ。

 彼女は、ののちゃんちのとなりのキクチ食堂でアルバイトをする代わりに、店の定休日にはライブを開かせてもらってます。彼女が歌うのはポルトガルの民謡、ファドです。

 ファドをエネルギッシュに歌い上げる吉川ロカは、中央の音楽シーンも注目する知る人ぞ知る存在、と言いたいところですが、じつは彼女のことはののちゃんちのご近所だけじゃなくて、日本中、数百万の読者がそれを知ってるわけですね。

 わたし、吉川ロカが歌うファドの歌詞が登場するたびに、モトウタを特定しようとしてたのですが、今日の(2011年12月5日5110回)はわかりやすかった。

Nonotyan5110_2

 ファドの新星、マリーザの歌うところの「Dona Rosa」ですね。

 吉川ロカは以前にも、マリーザも歌ってるファド「Beijo de Saudade」をレパートリーにしてましたが、こうなるともう、吉川ロカのモデルはマリーザで決まりだな。

 極東で数百万部も発行されてる新聞で、ポルトガルのシンガーがモデルとなるキャラクターが描かれてて、しかもそれがほとんど誰にも知られてない、というこの不思議。日本におけるマンガとは何か、という話にもなるわけですが、それはそれとして、ロカちゃん、かわいいっ。

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